3月 4, 2012

これで終わりとは言わないが

中央線最終吉祥寺着。引越しをしたから、家まで井の頭公園を通り抜けるのには変わらないが、前の駅からもうひと駅渋谷寄り。このブログもだいぶ書いてないと思ったので久しぶりに書いてみようかと考えながら、公園を歩く。

最後に書いたのが去年の9月。そこから色々あった、その前も色々あった。あの時書いた眼鏡は、すぐに失くした。その前からかけてる眼鏡はまだかけている。

公園のトイレに寄り、持っていた缶ビールを目の前に置き、用を足す。次の瞬間、それが自分の置いた缶なのか、だれかが置いていったゴミなのか分からなくなる。吸っていた煙草を放尿で消す。吸殻と缶ビールを持ってトイレを出る。

新宿で愚痴を吐き出し、吉祥寺で尿を出す。

数カ月前までよく行ったコンビニの店員が笑っている。

つまり、そこからが引越しを感じる距離感となる。もうひと駅分。

最初にこのブログを始めた時のこと。その時の気持ち、動機。

SNSに吐き出す言葉と、ここに書く言葉と、実際の感情と。

差異があるのは当たり前。

とりあえず、このブログを閉じようと決めた。

違う形で自分の言葉をぶちまけられる場所を模索しようと。

数少ない、このブログを読んでくれていた方に感謝します。

また、別の形で会いましょう。

9月 25, 2011

眼鏡をかえても

たまに読む雑誌の最新号を開くと、好きな書き手の文章が載っていた。いつもなら喜び勇んで読むその人の文章が、あまり自分に馴染まなくなっていることに気づく。いつからか追いかけなくなっていたその文章は、けして文体が変わっただけではなく、ただ自分の中で何かが変わっただけなんだろうと思う。文章も写真も、飲み屋も服も。まず気になるのは、名前だったりする。もちろん直感で好きか嫌いかあるのだが、それでもその後にクレジットを見て安心感を得ようとしている自分に気がつき、ふと考えてしまう。

眼鏡を作り替えた。ずっと使っていたものが安物で使い勝手がわるいというのもある。割に良いフレームをセールで安く買ってあったというのもある。コンタクトは馴染まず、一週間でやめた。休日、出来上がった眼鏡を受け取りに街に出る。使い慣れたぐらぐらの眼鏡を外して、新しいものをかける。しっかりと検査したのだが、やはり違和感がある。平衡感覚もなんだかうまくとれない。人混みに酔う。

眼鏡を洗浄すると、世の中とはこんなにもきれいなのかと毎回驚く。今まで見ていた世界はいったいなんだったんだと。それは、知識に似ている。同じもの・ことでも見え方が全く変わっている。色眼鏡。という場合もある。

名が売れる。名が廃る。芸能人の名前を知っている。アイドルグループ全員の云々。

他の雑誌で、審美眼に定評のあるスタイリストが自分の買った眼鏡と同じブランドの違う型を紹介していた。安心感。

それでいいのだと、自分をなぐさめる。

8月 27, 2011

夜の音を雨が吸収する#1024

夜の音を雨が吸収する。

トイレの音を換気扇が吸収するように。

タイピングの音をベッドが吸収するように。

子供の泣き声が大人を吸収するように。

九州から急襲した級友が九週目にすべてを吸収するように。

静けさを邪魔するものは何もなく、ただ静かに静かであって。

東京の今日の雨の雨漏り。防人の先の南の方角。

あることないこと書き連ね、つれない夜釣りのハモン・セラーノ。

6月 16, 2011

麦茶に寄り添う缶チューハイ

「そしてカバはタンクで茹で死に」を読み終えたら、ケルアックの「オン ザ ロード」が読みたくなって、本棚をくまなく見たが、見つからなくて泣けてきた。というのは冗談で、「なになにしたら泣けてきた」という締めの文句を使いたかっただけ。

それで久しぶりに本棚を見たら、面白そうな本がわんさかあって、いいじゃないと思ったら、自分で買って読んでなかっただけだと気づいて泣けてきた。というのは、わりかしほんとで、というかトホホ。

といった気持ちをブログに書こうと久しぶりにtumblrのダッシュボードを開いたら、どんどん進化してて、ああ時代は変わる。なんてディラン先輩風にしんみりしたら泣けてきた。というか、「時代は変わる」のさびを歌っていたはずが、気づいたら「風に吹かれて」に変わってた。

親父のモノマネをしたらボビーオロゴンだったことに気づいた、28の夜は満月の夜。

5月 19, 2011

本の山

面白いもんだ。あんなに興味もなく、また文句すら言っていた、ファッションのスタイリングページが面白い。展示会に行けば、ふむふむと、したり顔の自分が面白い。雑誌を開けば、見ただけでモデルの名前がわかるのが面白い。

かわればかわるもの。門前の小僧、ビデオ屋でゴダールを覚える。門前の小僧、飲み屋でウィスキーを覚える。門前の小僧、今度はファッションを覚える。門前仲町、未だ見ぬ場所である。

全ては覗き見ただけ、見てるだけ。門前払いの門前仲町、いつかは行ってみたい場所であろう。

5月 5, 2011

ダジャレ2.0

駄洒落を言わなくなったね。知り合いにそう言われたとき、ハタと気づいた。明らかに自分の中で何かが変わりつつある。否、これはある種退化といっても過言ではない。馬鹿な、と思われるかもしれないが、自分にとっては切実な変化である。

もちろん、なぜそうなったのかということも、おおよそ分かってはいるのだ。それは、真っ当に働き、まがりなりにも結婚などしたせいである。このように書くと、まるで後悔しているようだが、そんなことはない。社長に入籍した旨を報告した際にも、「なんで、わざわざ人生の墓場に足を踏み入れたんだ」と笑顔で言われたが、後悔ではない。むしろ、まだ直接報告していない方には、これで公開している訳で、それの方がどうかと思うが。まあ、そういうことで。

まだまだ、低賃金ではあるものの、今までで一番金廻りはいい。仕事柄、服を買う機会が増えた。本屋でも、迷わずレジに向かう自分がいる。あまつさえ、後輩に飯を奢ろうとは。なんともまあ偉そうに。トホホホホ。

ずっと言われてはいた。最近も、40過ぎて駄洒落なんか言ってたら嫌われるよと。どこかで、その言葉を受け止めてしまっている。現に言わないのだもの。

いまも、いっこも思いつかない。昔が良かったとは思わない。仕事探しには、もう戻りたくはない。しかしなんだろうか、やれシャツの素材がどうだ、パンツをロールアップした時に云々。どこそこの、あの人はオシャレか否か。良いじゃない、好きにして。やっぱり馴染めない、つーか取り込まれそうな自分がイヤ。

後ろ向きに明るくて、ねたみ、ひがみ、そねみにやっかみ。文句ばっかりで鬱屈した、そう言う人に私は、なりたい訳ではない。ただ、少なくとも今の自分が良いとも思えない。仕事を見つけたところでなにも変わりゃしないのだ。まずは、自分の中に駄洒落を取り戻さなければ。

ずっと新調しようと思っていた財布を、ついに買った。オシャレではあるが、使いづらい。人気のブランドだが、使い勝手が悪いのだ。オシャレ優先の退化。やはり、オシャレに対して、もう少し慎重にいかなければ。

一日一膳、飯と駄洒落と観覧者。

4月 3, 2011

サマータイムブルース

3月 5, 2011

Selected by MARGARET HOWELL

セレクト。選ぶこと。雑貨屋、服屋、最近では本屋にも。誰かの審美眼で選ばれた、数多ある中から選ばれた逸品。では、誰のセンスに従うか。雑誌であれば、編集者。セレクトショップであればバイヤー。呼んで来るのは、ハイヤー。ビックリしたときは、アイヤー。笑いのセンス。それは、タイミングと言葉のチョイス。それはセレクトと同義語でもある。多くを知るからこそ、良いものが選べる。と、知り合いから言われたことがある。100個のグラスを見た人と1000個の人なら、後者の方が良いものが分かると。

マーガレットハウエル。自身の名前を冠したイギリスのブランドである。シャツが有名である。好きである。実は家具のラインもある。世界各国の素晴らしいプロダクトを、デザイナーであるマーガレット自身が選び、店に置く。HOUSEHOLD GOODS。その中には、日本のプロダクトもある。柳宗理のカトラリーや南部鉄瓶。これにマーガレットハウエルのタグがつくと、なぜだかオリジナルの商品なのかと錯覚してしまう。それくらい、このタグを信頼しているということか。

Selected by

HUgEという雑誌がある。男気溢れる雑誌である。カッコいいのである。そんな男後溢れる雑誌が、本が売れないこの時代にブックレーベルを立ち上げた。第一弾は「TooLs」。「ホールアースカタログ」 や「MADE IN U.S.A カタログ」といった、時代の空気をダイレクトに反映させたカタログの系譜に、また新たな一冊が誕生したといっても過言ではありません。という文を、最近書いた。この本のなにが良いかというと、ペーパーバック版なのである。もちろん中の紙も良い。流通や返本制度の問題で、ペーパーバックが作りづらいと言われる日本の出版業界で、男気溢れる本をつくるHUgEの今後が、すごく気になる。

デカダン生活と物欲の嵐

昔、と言っても数年前。それでも、20代前半の頃。当時つるんでいた友人に「帰ってきたデカダンス」と呼ばれていた。髪はボサボサ、ズボンはボロボロ。飲んだくれてくだまいて。住む家もないので、その友人が同棲している部屋に転がり込んだ。別にデカダンスというほどのものでもなかったが、強いて言えば、フーテンだろうか。

その頃はとにかく金がなかった。全く働いていなかった訳ではないのだが、入ってくるものは全て飲むか返すかの繰り返しで、手元にあるのはせいぜい10日前後。それを過ぎれば、無い袖はふれない、デカダンライフ。あの頃は、今ほど物欲が無かった。かというと、そんなことはない。本屋に行けば、欲しい本だらけ。それでも、涎を垂らしながらじっと財布を見ては、なくなく帰るのが常。そういえば、それ以外の物欲はあまりなかった。好きではあるが、そこまでではないから、服もあまり買わなかったし。欲しい服は沢山あったが、高くて手が出ない。大体なにをもってオシャレなのかが分からない。

そこから、幾歳月。という程ではないことは、もう省略。

真っ当に働いている。それもファッションに関わる仕事に就いた。なぜか。流れか。そうなれば、否が応でもオシャレにならなければという強迫観念に襲われる。なんていう、大袈裟な表現が今日は使いたい気分。それはただの気分さ。らららー。

あれも欲しい。これも欲しい。もっと欲しい。Hotto Mottoほしいー。

そのためには、働かなければ。朝五時起きで九十九里まで行かねば。あれやこれやと考えながら自転車を停めたら、砂利の上のキットカットに励まされた。